October 2018
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私がまだひとりっ子だった5才頃 ある日 両親と横浜松坂屋に行き そこで 濃茶のテディベアに会いました 「欲しい!」「買って!」とか云えない性格なのでただ小さな声で「あの熊 可愛いわね」…

 

翌日 父の仕事関係のスイスの方に昼食に招かれ行ったときに その方が 偶然 昨日のあのテディベアを私にくださったのです
私はドイツ語が話せないので 直接私に「あげる」とも云われず 「ありがとう」も云えず… その中途半端な気持ちをずっと引きずりながら この熊は私の一番身近かで大切なものになりました
ケンピンさんと呼ばれる方だったので「ケンちゃん」と名付け…毎夜布団の中で辛かったこと 悲しかったこと… みんなケンちゃんに聞いてもらっていました

 

高校二年生になった時 小児喘息から大人のひどい喘息になり…
ケンちゃんの毛も悪いのではと云われ仕方なく庭に穴を掘って葬りました
50代の終わりになり 絵描きとして スイスに滞在する機会が訪れ… 鎌倉に住む家族と離れて はじめてのひとり暮らし… すると遠い留守宅でいろいろ問題が起こり…取材費を出してくれていた会社に頼み 前借りをして鎌倉に送金してもらったりしました

 

「どうしよう…どうしよう…」と思いながら異国の街を歩いていたら ショーウインドの中にいるグリーンがかったベージュのテディベアと目が合ってしまい…
「今 熊を買うお金の余裕は無い」「でも ひとりぼっちは辛い…ケンちゃんのようなパートナーが欲しい…」
迷ったあげく その熊を連れ帰ってしまいました
ウインターテュールという街で会ったので「ウィンちゃん」と呼ぶようになり 以来一緒に居ます

 

70代になり 心臓病で入院 偶然生き延びることが出来…退院後 夫と離れてひとり軽井沢に戻りました

「My Partner」(ベッドのウィンちゃん=写真:一番下) 「Breakfast in Silence」(朝の食卓=写真:上から4枚目)などのアクリル画シリーズはその時描いたものです

 

今回 このシリーズがブランケットになりました このサイトのネット販売のページでご覧いただけます
ブランケットは身に付けるものなので花の絵を使うよりウィンちゃんに手伝ってもらいたいと思ったのです

 

不二子
PHOTO: FUJICO