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  Last Updated: 2009.8.1.

《ハブカレ野菜》
Letters from Farms

あなたへ

暑中お見舞い申し上げます
8月から9月はいちばん体が辛い季節ですね。
様々な感覚が暑さに溶けてしまいそうです。
いかがお過ごしでしょうか。

私は今、野菜の絵を次々に描いています。
農協直売所で会った野菜が魅力的に見えたのです。
胴がひどくくびれたトマト、ヘタの所にあかぎれのような亀裂が
入っているトマト、クルリンと曲がったキュウリ、そして3本足の人参など・・・ 軽井沢では《ハブキ》と呼ばれているものです。
ハブキ、ハブカレルと聞くと、これは野菜のことだけとは思えなくなります。

箱の中に、きっちり整列することが出来ないキュウリやトマトの肩を持ち
「お前はとっても素適だよ」と云いたくなりました。
そんな気分を大切に描いた《Veggies》をご覧になってくださいませ。
お元気で

不二子 


《花色の記憶》
Yesterday will come tomorrow

5月初めのある日 地下鉄を日比谷(東京)で降り、地上に上がったら
青い空 新しいホテルがあり、茶色がかったベージュの外壁に添って
マロニエの樹々が濃いピンクの花を咲かせていました。

大きなグリーンの葉が重なる上に、大きなローソクを沢山立てたような
花房・・・でも「ワッ、 キレイ」と思った瞬間はじきに過ぎてしまい
その映像だけがまた脳裏に記録されました。

マロニエの花に出会ったとき 私の中には時間を超えて何枚もの写真のように マロニエの花が咲く風景が見えます。
マロニエというキーワードで検索をしたように いろいろな場所にあったマロニエが見え、その上を5月の明るい風が吹き抜けていくのです。

初めてマロニエの花を見たのは、チューリッヒ(スイス)の美術学校前の公園でした
何本もある花咲く大樹の下を歩く人達は ずっとそこにある風景なので、なんの関心もない様子で見上げる人もいない・・・でも私は息が詰まるような感覚で眺めていました。
そして自分が異邦人で この景色やこの大きな樹は 私のものではない と感じたのです。

ウィンターテュール(スイス)の郊外にある、古い別荘の美術館では
ゴッホの《アルルの精神病院の中庭》などの絵が並ぶ、部屋の窓の外に窓枠を額縁にして咲いていたマロニエ・・・
私が好きだったゴッホも、マロニエの美しさにはその足元にも近づくことは出来ないと解ったのです。 “人が造ったもの”ってこんな事かと思いました。

次はこれもウィンターテュールの団地の中庭にあるマロニエで、ピンクや白花の樹がありました。夕方になるとそこに住む家族達が、樹の下でピンポンをしたり ただお喋りをしたりしています。

仕事のために家族と離れてそこにいる私はひとりで一日中絵を描いて過ごし 夕方になってもひとり・・・その光景を2階の裏窓から眺めて過ごし、この時も《私は異邦人なんだ》と足元に冷たい風が流れていくような感覚で立っていました。

日比谷は私の街だったはずなのに、異国のホテルは異国の樹も植えて、私を異邦人と錯覚させます。もしかするとマロニエは日本古来の樹なのかもしれないけれど、私にとっては異国の記憶と結びついた樹なのです。

古い映像も色あせることなく、新しい思い出と変わりありません。
その時の状況や私の感情も同じ色合いで残っています。

それらの美しく咲く花々は、いつまでしっかりと脳裏に残っているのか
消え去っていくのか、いつその映像を、また見ることが出来るのか
不確かな感覚でもあり、捕らえることが出来ません。

明るい色彩の花を描いている時に、私の中をふっとよぎる《虚しさ》はその不確かな感覚によるものなのかも知れません。
今咲く《美しい色》をその儘、紙の上に移すだけが良いのか?
それとも、その消え去る《虚しさ》を表現したいのか、私は揺れています。

 

atarashiie

 

 

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