April 2014
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私3才頃の絵  当時住んでいた松原町(東京・明大前)の風景

私の個展会場に来てくださった方達から頂く質問はいろいろありますが
よく聞かれることは「絵のお教室はありますか?」
(答え)「教室は持って居ません」
「先生はどなたですか?」
(答え)「この方と特定出来る先生はありません 2歳頃から独りで描いています」
随分失礼なご返事をしていると思いますがこれ以上答えようとすると話がややこしく
なってしまいます
 
長男 2年10ヶ月

私が小学校低学年の頃(どんどん物資が乏しくなり食事も貧しくなっていた時です)
同級生のお姉ちゃんがとても絵が上手と評判になり 私の周りの子達は競って「お姉ちゃんに絵を描いてもらって来て・・」と頼んでいました
その絵は目のパッチリしたお姫様で今のようにアニメのない時代ですのでみな賞賛の声をあげていました
私もその絵が欲しかったのになぜか「私も欲しい!」と素直にいえませんでした
家に帰りチラッと見たその絵を真似して描いてみましたが なんど描いてもうまく描けません そのことは私をとても傷つけました
 
長男 6年8ヶ月

同じ頃、家でよく見ていた分厚い皮表紙の「泰西名画集」にも打ちのめされ続けました
形も色もない水や 形はあっても色のないガラスをどうして本物のように描けるのか・・・
描いた人がいるという現実は子供の私には受け止められない大きさです
私の欲しい物は空の星のようでこれから先も手に届く事はないのだろう・・・という
無力感と苛立ち自己嫌悪と言えるような感覚を抱えたまま育ちました
 
次男 5年8ヶ月

絵を描くという事は表現方法、技法ではなく「なにを描きたいのか?」という事だろうし
それは各自それぞれが違う物を自身の内側に感じているものとおもいます
ですから先生から習うことも出来ないし教えるというものではないと考えているのです
 
三男 4年7ヶ月
子供達の着ている服はみな私の手作りです 彼らには不評でした

結婚してからは 描かないでいると描けなくなるのでは・・・という不安を感じ 寝入って
いる子供や テレビに夢中になっている子供達を鉛筆でスケッチし まだ大丈夫と
少し安心したり また忙しく描けない日々が続くと不安を感じたりとそんな生活をしていました そしてその後はスケッチさえできない時期が続きました
50歳を過ぎて介護も子育ても終わりまた描く事ができるようになり それからは「描く」ことだけに集中し続けています
 
 
《根開き》の不思議
2月の大雪は軽井沢でもニュースにはならないけれど沢山の被害がありました
1か月が過ぎてもまだ消えない雪の山
でもある日 木々の根元だけ円を描くように雪が解け土が現れる 下の写真の《根開き》があちこちに現れ春待ち気分が加速しました
 
 
 
 
 
 
PHOTO : FUJICO